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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1209号 判決

原告 芳賀毅一

被告 東京電力株式会社

右代表者代表取締役 木川田一隆

右訴訟代理人弁護士 小薬正一

右訴訟復代理人弁護士 柏崎正一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一双方の申立て

(原告)

「被告は、原告に対し別紙物件目録(一)記載の電柱および電線を撤去して同目録(二)記載の土地を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

主文と同旨の判決。

第二請求原因

一、別紙物件目録(二)記載の土地(以下、本件土地という。)は、もと訴外磯田米の所有であったが、原告は、昭和四〇年一一月二五日競落によりその所有権を取得した。

二、被告は、本件土地に別紙物件目録(一)記載の電柱および電線(以下、本件物件という。)を設置、所有して本件土地を占有している。

三、よって、原告は、被告に対し本件土地の所有権に基づいて本件物件を撤去して本件土地を明渡すことを求める。

第三請求原因に対する答弁

一、請求原因第一項の事実のうち、本件土地が、もと訴外磯田米の所有であったことを認めるが、その余は不知。

二、同第二項の事実は認める。

第四抗弁

一、本件土地については、東京都中野区が、訴外磯田米からこれを無償で譲受けたのち、同区区長は、区議会の議決を経て特別区道として路線を設定し、この区域を決定したうえ、昭和二九年一二月七日道路として供用を開始し、昭和三〇年一月七日同区告示第一号をもってその旨公示した。

被告は、中野区長から電気供給のための電柱等施設を目的として道路占有許可を受けている。

二、本件土地は、すでに長年月にわたり公衆の道路として供用され、両側は商店街で周辺一帯は密集した住宅地のため交通は頻繁であり、青梅街道から本件土地への入口には自動車通行の標識がかかげられている。被告は、前記の経緯で本件土地に本件物件を設置し、附近の需用家に対し電気の供給をしているが、これを撤去して他に新しく設置することは地形上不可能であって本地区の電気の需用に著しく損害を与えることとなる。これに反し本件物件の設置部分は本件土地の一少部分に過ぎなく、これを維持することによる原告の損害は僅少であるのみならず、原告は、本件土地が道路とされていることを承知のうえきわめて低廉な価格で競落したものである。従って、本件物件の撤去を求める原告の請求は、権利の濫用というべきである。

第五抗弁に対する答弁

一、抗弁第一項の事実のうち、中野区が、訴外磯田米から本件土地を無償で譲受けたことは否認し、その余は認める。磯田米は、中野区に対し特別区道路線認定敷地上地願を提出したことがあるがこれは免税のみを目的としたもので道路とすることを承諾したものでない。

二、同第二項の事実のうち、本件土地が現況道路であることは認めるが、原告が競落の際道路であることを知っていたことは否認する。その余は不知。

第六再抗弁

原告は、前記競落によって本件土地の所有権を取得したのち、その旨の所有権移転登記手続を経由した。

第七再抗弁に対する答弁

再抗弁事実は認める。

第八証拠関係≪省略≫

理由

一、本件土地が、もと訴外磯田米の所有であったところ、東京都中野区長が、区議会の議決を経て本件土地を特別区道として路線を認定し、この区域を決定したうえ、昭和二九年一二月七日道路として供用を開始し、昭和三〇年一月七日同区告示第一号をもってその旨公示したことおよび被告が、中野区長から電気供給のため電柱等施設を目的として道路占有許可を受けて、本件土地上に本件物件を設置して本件土地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、右争いのない前段の事実と≪証拠省略≫によると、次のとおり認められる。

本件土地の所有者であった磯田米および本件土地の隣接地の所有者であった訴外須崎シズは、周辺の住民からの要望もあって、右各土地につき、昭和二九年八月三日頃中野区に対して、「特別区道路線認定並びに敷地上地願」を提出して特別区道の敷地として無償譲渡を申出たので、中野区はこれを譲受けたうえ、両地を併せて前示のとおりの手続を経て特別区道として供用を開始し、爾来今日まで、引続き一般交通の用に供されているものである。ところが、磯田は、本件土地について、中野区に対し所有権移転登記手続を履行しないで、かえって昭和三一年一一月二四日訴外根岸儀元のために売買に因る所有権移転登記手続を経由し、さらにその後設定された抵当権に基く競売によって原告が、昭和四〇年一一月二五日本件土地を一括して金三六万円で競落し、同年一二月二三日所有権移転登記手続を経由した。

以上のとおり認められ、原告本人尋問の結果をもってしても、未だ右認定を覆すに足りなく他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、道路を構成する敷地について、国又は地方公共団体において所有権を有することは道路として供用するための必然的な要請ではないから、たまたま国又は地方公共団体が所有権を取得することがあっても、右所有権と私人の有する所有権との間に性格の相異があるわけではなく、従ってこのような場合における国又は地方公共団体による所有権の取得についても民法第一七七条の適用があるものと解すべきところ、本件土地について、原告が中野区より先に所有権取得登記手続を了したことは前示のとおりであるから、原告は、中野区に対して、その所有権者であることを対抗することができ、中野区は、本件土地の所有権の取得を原告に対抗できないものというべきである。

しかしながら、右のことから、直ちに、中野区長のした前記供用開始が無効に帰し、その結果原告において道路法第四条所定の制限を免れるものと解することはできない。けだし、行政主体が私人の所有土地について所有権、賃借権等の権原をなんら取得することなくして道路として供用を開始した場合は、行政行為として無効であることはいうまでもないけれども、道路法第四条に規定する私権の制限は、道路設置者の取得すべき権原そのものに直接の根拠があるのではなく、右制限は、供用開始による公法関係に基いて設定された特殊の絶対的な規制であるから、適法に権原を取得して供用が開始された以上、権原の登記の有無にかかわらず、右制限の効力を生ずるのであって、その後に第三者が所有権を取得して登記を経たため道路設置者において右第三者に対し所有権そのものは対抗できなくなったとしても、右の効力に影響を及ぼすものではなく、かえって第三者は前者から右の制限された状態において所有権を取得しうるにすぎないものというべきだからである。

してみれば、前記認定の供用の開始は、その効力を左右すべき事由につき他に主張、立証がないから適法有効で、現にその効力を有するものというべきであり、従って、原告は、本件土地を所有するにせよ、道路管理者である中野区長から占有許可を得て本件土地上に本件物件を設置して右土地を占有している被告に対して、本件物件の撤去、本件土地の明渡しのいずれについても、これを求めることはできないものといわざるをえない。

三、よって、原告の本訴請求は、当事者のその余の主張について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 後藤一男 豊田健)

〈以下省略〉

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